(登場人物:小説『殺し屋のマーケティング』より)
「君はどうして本を読みたいの?」
桐生七海がその銀髪の男に久しぶりに会ったときに、男はいつものように、髭を蓄えた口元に薄く笑みを浮かべながら、丸メガネの奥の目を細めるようにして言った。久しぶりに七海が来たからと言って、ノートパソコンでの作業を少しも止めるつもりはないらしい。
どうしてって、と七海は反論しようとするも、言葉が出ない。
「・・・・・・そういえば、どうしてでしょう」
その書店、天王星書店は、相変わらず七海以外、一人も客がいなかった。だが、古今東西の書物が、西洋の図書館のように所狭しと並んでいた。天窓から射す光が、書籍の背表紙を、まるで神聖であるかのように青く際立たせていた。中には、表紙がボロボロになるまで読み込まれている本もあり、ここが新刊書店なのか、古書店なのか、それともこの男の書庫なのか、わからなくなった。
「みんな、なぜか本を過分に神聖視する。そして、読書を尊いものだと思い、読書を勉強のような義務だと思いこむ」
可笑しくもなさそうに鼻で笑い、男は言った。
「そうじゃなければ、先生は本をなんだと思っているんですか?」
そうだな、と男ははじめてキーボードの手を止めて、ディスプレイの光を青く照り返した丸メガネをくいと押し上げ、七海の目を見据えて言った。
「本は、デバイスだと思っている。そう、その意味ではiPhoneやiPadと同じようなものだろうな」
「本が、デバイス?」
「デバイスとは、簡単に言えば、装置のことだ。iPhoneやiPadは非常に便利な装置で、本も僕にとってはそういった装置と捉えている。たとえば、七海、家を出て、iPhoneを忘れたことに気づいたら、どうする?」
「それは、家に取りに戻りますよね」
「それはどうして?」
「どうしてって、なくては困るからです」
そう、それ、と七海の顔を指して、男は言う。
「便利なデバイスは、その日の生活になくてはならないもので、忘れたら取りに戻るレベルのものだ。そういうものを人は、生活必需品、と呼ぶ」
つまり、と七海は言う。
「先生は、本はデバイスであり、iPhoneのように生活に欠かせない生活必需品だと言いたいんですね?」
「言いたいんじゃなく、事実、そうなんだよ」
と、男は気の抜けたように笑う。
七海には、いまいち、男の言っていることが腑に落ちなかった。
その様子を見て取り、男は高い天井付近の本棚を見上げ、指差し、続けた。
「上のほうにある本は、僕が若い頃から読んできた本だよ。もし、これらの本と読書の体験が、僕の人生から消えたとしたらーー」
間を開けて、もったいぶるように溜めてから、男は言った。
「考えただけでもゾッとするね。僕の人生の一部分が、大きく崩れ落ちることになる」
ガラガラと手の平をヒラヒラと翻しながら崩れ落ちる本に見立てて、男は言った。
七海も、わかるような気がした。たとえば、人生で一番影響が受けた本が世の中に存在せず、また読書体験がなかったとしたら、その損失はどれくらいになるだろうか。
「読書とは、もしかして、失うことを想定して初めて絶対的に気づくものなのかもしれませんね」
そのとおり、と男は嬉しそうに言う。
「残念ながら、人は、そのときに目の前に人生を変える本があるにも関わらず、多くの場合、それをスルーして、未来に対して甚大なる損害を与えている。そして、本を読まなかったある種のパラレルワールドにおいて、どこか欠落を感じながら、こうではなかったはずの人生を生きていくことになる」
「それなら、ほとんどの人がそうじゃないですか?」
「99%までの人が、本をデバイスとして捉えておらず、本を読まなかったパラレルワールドを残念に生きていることになる」
「本を読まなかったパラレルワールド・・・・・・」
七海は自分で声にしてみると、途端に怖くなった。
そういえば、最近、本を読んだろうか。もしかして、この1ヶ月間にもっともっと本を読んでいれば、未来はよりよく変わっていたのではないか。
「本を読まなかったパラレルワールドと、本を読んだ本来の世界との間には大きなギャップがあるということですね。だから、本は生活必需品だと先生は言ったんですね。なくてはならないものだから」
さすがは七海、と男は言う。
「そして、それをほとんどの人が気づいていない」
たしかに、と七海は思う。日本でも世界でも、優れた経営者の中に読書家でない人を探すほうが難しい。ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグが読書家だと誰もが知っているし、日本の経営者でも著名な人ほど本を当たり前のように読んでいる。
「だから、成功者は、信じられないくらいの量の本を読むんですね」
そうだね、と男はうなずく。
「ただ、こうとも言えるかもね。彼らは成功しているのではなく、本を読まなかったパラレルワールドに迷い込むことがなかっただけだとも。あるいは、言語化しなかったとしても、本を読まなかったパラレル・ワールドの存在を、感知していた可能性がある」
「だから、未来に大きな損失がないように、日々、多くの本を読み続けた・・・・・・」
男は、ゆっくり、そして深く頷いた。
「みんなトイレットペーパーが切れると大慌てで買いに走るのに、本はそうしない。それは、トイレットペーパーがないと“今”困るとわかりやすいからそうするだけであり、“未来“困るということはわかりにくいから、当然といえば、当然なんだけどね」
「どちらも、生活必需品であることに、変わりはないのに」
そう、と男は笑みを浮かべてうなずく。
「先生、私も本を読まないと、損をする気がしてきました!」
「それは、いい兆候だ、成功者の始まりだね。本を読まないパラレルワールドを脱出するのは、言うまでもなく、早ければ早いほうがいいからね。ただ、闇雲に本を読んでもいいが、残念ながら、人生の時間には限りがある」
そういえば、と七海は上のほうの本棚を見上げてみる。
本棚の所々に、何かが書き込まれた紙が張られているのだ。七海にはまるで、それがこの男の壮大なる脳の道路標識のように思えた。
「先生、何か、隠してますか?」
超合理的な考え方をする男のことだ、超合理的な本の読み方があるに違いない。そうじゃなければ、こんな膨大な量の本を読めるはずがない。
「まずは、本をデバイス、つまりは装置であると捉えるところから始める。本は思考のためのデバイスなんだよ」
「思考のための、デバイス?」
「当然、それには、作法がある。それを体系的にまとめたのが、無限リーディングZーー」
そう言って、勝ち誇ったように、男は微笑んだ。
また、このパターンだと、七海は思い、苦笑した。
この男は、“情報を商う“のが本業だった。
「それで、いくらですか?」
観念するように、七海は言った。
「いくらなら、払えるんだ?」
七海は、ちょっと考えてみた。もし、“本を読まないパラレルワールド“から抜け出すことができて、本来あるべき、欠落していない未来を生きることができるのなら、いくら払っても安いのではないだろうか。
そう、七海は思ったーー
*
改めまして、お読みいただき、ありがとうございます。天王星書店ではなく、天狼院書店店主、および『殺し屋のマーケティング』作者の三浦でございます。
本講座、「無限リーディングZ」は、日本国民の読書量200%を目指す、天狼院書店が提供する「読書術系」の最終形態です。それゆえに「Z」と銘打ちました。
これまでの読書系ゼミからメジャー・バージョンアップし、しかも、これまでの講座のいい部分は包含させて整理しました。
特に本講座は、先生(西城)と七海のやり取りにもあったように「本を読まないパラレルワールド」から抜け出すために、様々な仕掛けを用意いたしました。
特に、今、人生を変えるノートシリーズの最新作として、MIDORIのブランドで、世界的にヒットしているトラベラーズノートやMDノートなどの文房具を制作しているデザインフィルさんと組み、「海の出版社」で開発している『リーディング・ノート』のシートも、発売前にも関わらず、講座内で実践的に使っていきます。
12種類のオリジナル・シートが、皆さんを「本を読まないパラレル・ワールド」から脱出させます。
また、4ヶ月でまずは50冊読むことを目標に「無限リーディング」の技術を習得していただきます。
さらには、読書会などに参加して、読書と人との出会いを推進させます。
この講座が、皆さんにとって、「本を読まないパラレル・ワールド」から脱出し、本来の成功した人生を歩むきっかけになればと思っております。
顔の見える範囲の少数精鋭で行きたいので、本講座は、50名様限定の特別指定講座にいたします。
どうぞよろしくお願いします。
講師プロフィール
1977年宮城県生まれ。株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。プロカメラマン。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月、『殺し屋のマーケティング』、2021年3月、『1シート・マーケティング』(ポプラ社)を出版。雑誌『週刊ダイヤモンド』、『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。2009年4月1日に、「株式会社東京プライズエージェンシー」を設立登記し、その後、編集協力や著者エージェント、版元営業のコンサルティング業等を経て、2013年9月26日に「READING LIFEの提供」をコンセプトにした次世代型書店(新刊書店)「天狼院書店」を東京池袋にオープン。2022年現在までに、10店舗1スタジオを全国に広げて、運営している。現在、雑誌やコミック、電子書籍も含めた自身の月間書籍購入額は15万〜20万円で、読書冊数は月に100冊を超える。【メディア出演】(一部抜粋)NHK「おはよう日本」「あさイチ」、日本テレビ「モーニングバード」、BS11「ウィークリーニュースONZE」、ラジオ文化放送「くにまるジャパン」、テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」、フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、J-WAVE、NHKラジオ、日経新聞、日経MJ、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、雑誌『BRUTUS』、雑誌『週刊文春』、雑誌『AERA』、雑誌『日経デザイン』、雑誌『致知』、日経雑誌『商業界』、雑誌『THE21』、雑誌『散歩の達人』など掲載多数。2016年6月には雑誌『AERA』の「現代の肖像」に登場。雑誌『週刊ダイヤモンド』『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。
読書が楽しくて止められなくなるノート「リーディングノート/READING NOTE」〜楽しく100冊読んで、知らない間に10の目的をかなえる〜《初回1,000限定/海の出版社!》